2009年11月10日 のアーカイブ

秋は、黄昏(たそがれ)どきが、美しい。

2009年11月10日 火曜日

「ユダヤ式学習法」の坂本七郎氏からのメールより

私たちは毎日、ことばをつかい生活をしています。

 朝、目が覚めてから夜ふとんに入るまで、(あるいは夢の中まで)親子や友人とことばを交わし、

 新聞や雑誌で活字を読んだり、メールや日記を書いたり、ことばを使ってあれこれ考えたりしています。

 普段なにげなく使っている、そのことばのルーツをさかのぼっていくと、日本人の文化や考え方を示すあしあとを

見つけることができるのです。

 ひとつ、例を紹介しましょう。

 「秋は、黄昏(たそがれ)どきが、美しい。」という文章があるとします。

 この文中で使われている、「秋」そして「黄昏」という語には、それぞれ興味ぶかいことばのルーツ、

 つまり語源が存在するのです。

まずは「秋」の語源から。

この「秋」という言葉の語源は「空き」という意味から来ています。

秋は収穫が終わり、田畑に空白(あき)ができる時期。そう「空き」ができる季節、だから「秋」というのですね。

対する季節、「春」の語源は「張る」。これは水田に水を「張る」時期というところから生まれたことばだと言われています。

水の豊富な日本ではむかしから、稲作を中心とした農耕文化が盛んです。

 この「秋」と「春」の語源から、日本の文化的背景を知ることができます。

 (ちなみに、夏と冬の語源ですが、 夏は「暑い」の「あつ」、 冬は「冷(ひ)ゆ」の音韻変化から  派生した語と言われています。)

 一方、「黄昏」の語源ですが、こちらも興味深い語源を持つことばです。

 私は中学生のときに、このことばのルーツを知り、日本語の美しさに感動した記憶があります。

 この語源は、知っている方もいることでしょう。

黄昏(たそがれ)は「あの人(彼)は誰だ」という意味の、「誰(た)そ彼」から来ています。

 夕方、あたりが暗くなってきて、数メートル先の人が誰なのか分かりにくくなるような、そんな時間帯。

 その風景・時間帯を、昔の日本人は、「黄昏(誰そ彼)どき」と呼んだのでした。

極めて詩的で視覚的。なんとも美しい日本語です。

この言葉ひとつで当時の日本人の豊かな感性を感じとることができます。

言葉は、その国の文化や考え方、あるいは価値観をうつしだす鏡です。

 最近では、「もったいない」という言葉がノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんらの活動によって世界中に認知されるようになりました。

 日本以外の国では、「もったいない」という考え方を表現する「ひとつの言葉」は見当たらないそうです。

 語源から、そして言葉のルーツから、その国の文化や精神を知る手がかりを見つける。

 ありきたりの国語教育よりもずっと楽しく深い学びがえられるひとつの方法といえるのではないでしょうか。

 今日も、メールを読んでくれたあなたに感謝します。